白岡市役所火災に学ぶ ― 「紙文書」はまだ現場にある。では、どう守るか?

▶はじめに

2025年5月6日深夜、埼玉県白岡市役所で発生した火災は、私たちに重大な教訓を投げかけました。
焼損したのは市庁舎1階の一部。財務課や市民課の執務室が含まれており、出火から約6時間後に鎮火したものの、延焼面積は約1,300㎡に及びました。

現場の写真や映像からは、執務室内部が大きく焼失し、書類などの原形がほとんど確認できない状況であったことがうかがえます。また、当該建物にはスプリンクラーの設置がなかったとの報道もあり、火災時の備えについて改めて考えさせられる事案となりました。

DXが進んでいたはずの自治体で、なぜ紙が焼けたのか

白岡市では近年、公文書管理システムと電子決裁機能の導入を計画し、DX推進に取り組んでいました。
「令和5年5月11日付 DX推進全体方針」によれば、令和6年度に文書管理・電子決裁システムの導入、令和7年度に継続運用が予定されていたとのことです。

つまり、火災発生時はちょうど電子化の“移行期”。電子文書への完全移行がまだ完了しておらず、現場には多くの紙文書が残されていたと考えられます。

▶フロントDXだけで十分ですか? バックオフィス軽視のリスク

多くの自治体や企業が「DX推進」と聞いて真っ先に取り組むのは、住民や顧客と接するフロント業務のデジタル化です。
たとえば、窓口予約、マイナポータル連携、オンライン申請など、住民サービスの利便性向上を目的とした取り組みが挙げられます。

もちろん、これらは極めて重要です。しかしその一方で、バックオフィス――つまり文書管理や内部事務の整備――が後回しにされがちなのも事実です。

今回の火災は、まさにそのリスクを可視化した出来事ではないでしょうか。
どれほどフロント業務をデジタル化しても、基盤となる記録や内部資料が紙のままで焼失してしまえば、業務継続も住民サービスも立ち行かなくなります。

▶限られた予算で何を守るか 優先すべきは何か

すべての紙文書を電子化するのは現実的ではありません。
だからこそ、予算や体制が限られる中で「何を守るべきか」を明確にする必要があります。

たとえば、

  • 後から再取得や再作成が困難な記録
  • 歴史的・法的に重要な文書
  • 災害時に不可欠な業務継続情報

こうした文書に対象を絞った「選別型電子化」を行うことで、限られた予算でも、最大のリスク軽減が図れます。

また、電子化後の文書を「正本」ではなく「写し」として扱えば、品質確認や長期保存のコストも抑えることが可能です。

▶民間企業にも通じる構造的課題

この課題は、民間でも同様です。
カスタマー向けのシステム導入には投資が集まりやすい一方で、契約書・帳票・人事情報などの内部文書管理は、つい後回しにされがちです。

しかし、災害・サイバー攻撃・訴訟などが発生したときに組織を支えるのは、「記録」と「証拠」です。
バックオフィスへの投資こそが、組織全体の信頼と持続性を守る鍵であることを、あらためて強調しておきたいと思います。

▶「まさか」は突然に。備えは日常から

災害はいつ起こるか分かりません。
「紙文書があるうちは、焼失リスクもゼロではない」。
そう認識し、今ある予算の中で、できる備えから着手することが求められています。

DXの真価は、華やかなサービスの先にある、静かな基盤整備にこそ宿ります。