全国自治体初の公文書監理官を設置した相模原市 ─適正な公文書管理に欠かせない専門職
※この記事は、機関誌IM2023年1・2月号の再掲記事となります。掲載当時の情報に基づいているため、現在の状況や制度、取り組み内容と一部異なる場合があります。



はじめに
JIIMA発行の機関誌『IM』の取材で2年前に相模原市公文書館を訪れ、公文書管理条例化と公文書館設置の経緯などを伺った。2014年の同館設置は神奈川県内では藤沢市(1974年)、川崎市(1984年)、寒川町(2006年)に次いで4番目である。相模原市※1の場合、2009年の公文書管理法の制定を受けて、適正な管理の実現のために2014年4月に公文書管理条例(以下「条例」という)が施行され、この年の10月に旧城山町議場を利用した公文書館が開館した。
※1 1954年制定2020年政令指定都市 人口約72万人 職員約4,700人 政令指定都市|相模原市( city.sagamihara.kanagawa.jp)
さかのぼれば2011年の新・相模原市総合計画前期実施計画のなかに「公文書を市民共有の知的資源として保存・利用を図るため、公文書の管理体制、そのための条例の整備などと公文書館機能の構築に向けた検討を進める」ことが織り込まれ、同計画は中期実施計画とあわせて5年以内の実現目標を立てた。
実は同市はファイリングに先駆的な活動を行ってきた。1963年からファイリングシステムと公文書科目表を導入し、早くから現用文書の管理と情報の共有に前向きな取組みを開始した。それは今でも文書管理の基本ベースにもなっていると思われる。検討を重ねた結果、たどり着いたのが公文書管理の条例化と公文書館の設置である。
つまり計画からわずか3年で公文書館が開館できたのは、長年の取組みの実績があったからだ。そして2021年度から全国自治体初の公文書監理官を設置することになり、同市は公文書管理についてフルスペックが装備された先進的な相模原市だと筆者は評価した。今回本稿では、ある不祥事を契機に職員のコンプライアンス遵守のために、内閣府公文書監察室を参考にした他、公文書作成に関する方針を決定し、全課調査から職員研修まで短い期間に実施した同市の取組みを追ってみたい。
内閣府公文書監査室の発足
まずは内閣府の公文書監査室について記してみよう。2018年7月20日「行政文書の管理の在り方等に関する閣僚会議」に基づいて同年9月、内閣府に公文書監察室を設置した。それがこの図1で独立公文書監理監(「政府CRO」と通称)の下に、同機能を担当する審議官を配置すると共に「公文書監察室(仮称)」を置いた。

当時の安倍首相は同閣僚会議でこう述べている。「本日、一連の公文書をめぐる問題に対する再発防止のための取組みを決定しました。公文書は国民と行政をつなぐ最も基礎となるインフラです。政府職員一人ひとりがこのことを肝に銘じ、コンプライアンス意識を高めることが何より重要です。新人から幹部に至るまで、対面の研修などによって徹底的に意識を植え付け、人事評価にも反映させることで、公務員の文化として根付かせるようにしてまいります。政府全体として実効性のある公文書の管理を実現するため、内閣府に政府CRO(チーフ・レコード・オフィサー)を、各府省には公文書監理官(各府省CRO)を設置し、公文書管理に関する責任体制の明確化、監査機能、ガバナンスの大幅な強化を図ります。(中略)一度失われた信頼を取り戻すことは至難ではありますが、私たちはそれを成し遂げなければなりません。危機感を持って、再発防止に全力を尽くす。各閣僚の皆様におかれましては、自ら先頭に立って、今回取りまとめた事項を一つ一つ確実に実行に移し、適正な公文書管理の徹底を期していただきたいと思います※2」
※2 平成30年7月20日 行政文書の管理の在り方等に関する閣僚会議 | 平成30年 | 総理の一日 | ニュース | 首相官邸ホームページ (kantei.go.jp)
危機感が溢れ、二度と不祥事は起こさないという決意の滲む“見事な”所信表明だった。にもかかわらず、メディアを賑わし2019年5月に発覚した「桜を見る会」の出席者名簿の廃棄は、所信表明から1年後の出来事である。「舌の根の乾かない⋯⋯」とはこのことかもしれない。共産党の宮本徹議員は2019年5月9日、招待者の推移・費用内訳などを示す資料を要求した。だが同日に内閣府が要求を受け取った約1時間後に、招待者名簿をシュレッダーで破棄したという。誰が指示したのか、偶然なのか、あまりにも一致しすぎていた※3。
※3 桜見る会名簿 請求日に廃棄で公明苦言「そろいすぎ」 - 産経ニュース
(sankei.com) 2019/11/26
そこで当時の菅官房長官は内閣府の幹部が招待者名簿などを「すでに破棄した」と答弁した。「電子データとして残っているのではないか」という指摘に「削除したデータについては復元をすることはできないと聞いている」と語ったが技術的には可能だろう。さらに保存目録には保存年限を後付けで1年未満としたという不適切な情報を知ると、1年前のあの決意は何だったのか。
振り返れば森友学園の「決裁文書改ざん問題」や「防衛省の日報廃棄問題」など公文書を取り巻く問題が多発した安倍政権だった。この一件で政治の信頼回復は取り戻すどころか逆に遠のいてしまった。特に記録を残す姿勢は、公文書の管理充実の声とは逆に後退しているようだった。
気になる文書改ざん事件の顛末であるが、結局この事件を「訴訟裁判」で終わらせる「認諾」措置をとり、高額賠償を申し出た※4。国の責任を認めた判断なら詳らかに事実を明らかにしなければならない。「ご遺族の気持ちを考えると痛恨の極みだ」と語った岸田文雄首相には、政治の信頼を回復させる努力がさらに求められそうだ。思い出すのは「佐川は極めて有能な行政官だった」と部下をほめた当時の財務大臣のコメントである。残念なことは、身内をかばうばかりか任命も説明も責任をとる姿勢すら感じられなかったことだ。
※4 【 主張】森友訴訟終結 国民への説明責任生じる - 産経ニュース
(sankei.com)
さて話を戻すと、上述の閣僚会議を経た具体的な取組みとして、
1. 公文書に関するコンプライアンス意識改革を促す取組みの推進
2. 行政文書をより体系的・効率的に管理するための電子的な行政文書管理の充実
3. 決裁文書の管理の在り方見直し、電子決裁システムへの移行の加速
以上の3項目である。
特にコンプライアンス意識改革では、職員一人ひとりに働きかけ、文書管理の状況や改ざんなどの事案があれば人事評価に反映させ、実効性ある公文書のチェックの取組みとして政府CROの指揮の下各府省に専門職の派遣を挙げている。つまり公文書の作成、保存は公務員の本質的な業務であることから公文書管理の実務を再認識させるには職員研修の充実が求められることになった。同時に各府省ではガイドラインに沿った新たなルールの遵守を徹底した※5。
※5 内閣府公文書監察室の発足と活動状況 | 国立公文書館 (archives.go.jp)
国立公文書館『アーカイブズ』73号
例えば、外務省では2019年4月1日、「公文書監理官」を新設するとともに、「公文書監理官」を適切に補佐するため「外交記録・情報公開室」を「公文書監理室」に改組したこと、また「公文書監理官」は、外務省の所掌事務に関する公文書類の管理並びにこれに関連する情報の公開及び個人情報の保護の適正な実施の確保に係る重要事項についての事務並びに関係事務を総括整理することを発表した※6。
※6 「公文書監理官」及び「公文書監理室」の設置|外務省( mofa.go.jp)
要するに2011年公文書管理法施行後、当初から計画されていた5年経過の見直しでは、主に文書改ざんと廃棄に注目して保存年限1年未満文書の定義を明確にさせ、職員の研修強化に努めた。その次の施策が職員のコンプライアンス意識改革を促す取組みとして政府CROと専門職の派遣であり、さらに研修を充実させるなど公文書管理の改善を求める取組みに限りはない。
相模原市土地区画整理事業に伴う疑惑と審議会からの提案
「麻溝台・新磯野第一整備地区土地区画整理事業」(以下事業という)は1999年3月に策定した相模原市21世紀総合計画において、豊かな自然環境や大学・研究機関など優れた周辺環境を生かし、産業・文化・生活等が融合した新しい拠点づくりをめざすものである。当初計画では127億円の事業規模だった※7。
※7 麻溝台・新磯野第一整備地区土地区画整理事業の再開について(相模原市長コメント及び発表資料)|
相模原市(city.sagamihara.kanagawa.jp)
同市のHPなどによると、同地区は相模原愛川インターチェンジから約3キロメートル、周辺は住宅地、工業団地、みどり豊かな公園等に囲まれた約148ヘクタールの地区である。2013年3月の圏央道相模原愛川インターチェンジの開通により、交通利便性の向上が期待されることから、地域特性を生かした産業・みどり・文化・生活などが融合した「新たな都市づくりの拠点」や、市内外の産業需要を支える「新たな産業創出の拠点」の形成を図るものと紹介されている。
2017年1月から着工した事業だったが、地中から大量の廃棄物が見つかり、また土地評価の不正操作など職員の不適切な事務執行や委託事業者の不透明な選定過程といった問題や疑惑が市内部と第三者委員会の調査で次々と明らかになった。そしてこの事業を担当した職員の不祥事が発覚した。当時、市内部でどういう意思決定がなされ、なぜ不適切な形で事業が進められてきたのか※8。
※8 麻溝台・新磯野第一整備地区土地区画整理事業の取組状況及び検証の経過について(city.sagamihara.kanagawa.jp)
2020年3月に第三者委員会が作成した調査報告書では、事業の実施において、意思決定に係る文書が作成されていないなど、適正な公文書管理に向けた改善が必要であると示された。これを受け、同市では同年7月に相模原市組織運営の改善に向けた取組方針を策定し、公文書の作成に関する指針の改正、公文書監理官等による調査及び助言の実施などを盛り込んだ適正な公文書の作成・管理への取組みを策定した。
取組みを進めるにあたり2021年2月、相模原市情報公開・個人情報保護・公文書管理審議会に諮問を行い、同年3月には内容は適当であるとの答申が出され、その中で3つの付言があった。
1.公文書監理官の独立性の確保に努めること
2. 職員による自己点検の実施にあたっては職員の負担にならないように実施方法を検討すること
3. 一定の期間実施後には検証を行い、必要に応じて制度の見直しを図ること
つまり同審議会からの提案は、検証できない公文書の不存在に対して職員が取り組むべき公文書管理の再教育と公文書監理官の設置だった。これら一連の施策には、本村賢太郎市長の「市民の信頼を損なう重大な事案が散見され、重く受け止めている。事業の正常化に全力で取り組む※9」というメッセージも後押ししたようだ。
※9 土地区画整理 不適切な宅地評価も 相模原市が中間報告:東京新聞
TOKYO Web( tokyo-np.co.jp)
早速、同月中には「公文書の作成に関する指針」を改正した。特に意思決定に至る過程や事業の実績を合理的に跡付け、または検証可能にするための文書として具体的な書式例示を含めて5点を列挙した。それらを以下に記すと、会議録、市長等への説明資料及び指示内容の記録、相談・交渉・要望対応等の記録、事務及び事業の実績についての記録、国・県等の外部機関等との会議で取得した文書である。また文書作成しても支障のない「事案が軽微なもの」も具体的に示した。まさにこれらは当該事業の進捗に沿って発生する文書・記録を想定したものだった。
公文書監理官による点検と研修
2021年5月には当該年度の公文書監理計画が作成された。直ちに総務課職員OBを自治体初の公文書監理官に任命し、情報公開・文書課職員と行動を開始した。まずは公文書の管理状況に関する自己点検を、全課職員を対象に実施した。その方法は職員ポータルのアンケート機能を使って保管状況、引き継ぎ文書の確認、会議録の作成など17項目について点検した。続いて104の所属に文書引き継ぎ時の実地調査をした。主なチェック項目は自席の机上や足元に文書を置いていないか、書庫などが整理されているか、不要な文書はないか、歴史的公文書は他の文書と別に保管しているかなど10項目を設定した。結局、公文書監理官は改善または不適切の評価を受けた所属に329の助言をした。概ね適切と判断した所属はわずか6所属だった。
公文書監理官の所見によれば、所属長がキャビネット内の文書管理状況や公文書の科目分類や保存期間を把握していない、保存期間を超えた文書が約90%の所属にあったなど不適切な事案が見受けられた。公文書監理官は「適正な公文書管理の取組みは市民共有の知的資源を守るだけでなく、事務処理ミスの防止や働きやすい環境の整備など幅広い効果があるので今後も継続していく必要がある」と結んでいる。
その後、同年10月には公文書監理官を講師として、公文書事務統括者である所属長研修を実施し、公文書管理の基本や所属長の役割と期待を学んだ。要は所属長の公文書管理の日々の点検を徹底させ、公文書の拙い取り扱いには担当者任せにせずに所属長が関与することも大事であるとした。そして2022年度は職員の自己点検、事務室内の公文書の保管状況調査を実施している。その他公文書管理に関する意識を高めるために、各階層の職員を対象に研修を実施した。これまでに各課の実情に合わせてオンライン研修、出前研修も実施されたという。
調査はこれだけではない。局や執行機関等を指定して行う統合文書管理システムにおけるデジタル文書の作成・保存状況の定期調査も実施し、2024年度までの対象予定先を決めている。また当然ながら自己点検や実地調査で不適切な取り扱いや誤廃棄などが発覚すれば随時調査を実施することになっている。
2021年12月、同市定例会議で市議会議員からこれらの点検結果などの成果について質問された。総務局長は「公文書監理官の助言に基づき、各所属で積極的に改善に取り組んだ結果、公文書科目表に基づく適切な文書の作成や保存をはじめ、保存期間を過ぎた文書の廃棄や事務室内の整理整頓が進み、公文書に対する職員の意識改革を図るなど、本市の適切な公文書管理に効果的な役割を果たしている」と答えており、初年度に一定の成果は得られたと言えよう。
今後は職員の専門性の確保や育成を含めてデジタルアーカイブの対応などに取り組むという。二度と不祥事を起こさせないためにも職員研修の繰り返しは欠かせない。筆者も「正しい行政を支える規律ある公文書管理」というテーマで研修用YouTubeにおいてレクチャーさせていただいた。以下がその項目である。
正しい行政を支える規律ある公文書管理
- 敗戦直後、日本の公文書は?……検証できない日本
- 情報公開と公文書管理……車の両輪
- 公文書管理法の制定
- 国民の政治への信頼を失った公文書のずさんな管理
- 地方自治体における不適切な公文書の管理
- 相模原市における公文書管理の取り組み
- 公文書館を利用しよう!
- 庁内点検結果などから見えてきた今後の課題
終わりに……公文書管理に不可欠な専門職
実は同市は公文書管理条例の制定のメリットの一つに「紛争への対応」を挙げている。関東弁護士連合会が2017年12月に訪問した際に応対した職員から「2014年4月公文書管理条例を施行した際に併せて公文書作成のガイドラインを作成し、その中で作成すべき文書を明確し、特に判断過程、交渉過程をはっきり残すように職員の意識が改革された。文書を作成しておくことは、争いに巻き込まれた場合に行政自身の身を守るためにも必要な場合がある※10」と語っている。
※10 『未来への記録』2020年関東弁護士会連合会編 第一法規
疑惑の事案はこの条例施行後に発生し、前述の「職員の意識改革」がなされたとは言い難く、争いに巻き込まれてしまった。短期間で同市公文書館の設置から条例化、そして文書作成のガイドラインの制定、職員の公文書管理研修への取組みなどに努力してきたが実務運用のチェックが甘かったのか。別の見方をすれば、条例化が歴史的公文書の保存と公開に重きを置き、「適正な行政事務の徹底」という条例化の基本的な意義を見失っていたかもしれない。
文書主義による公務員の責務は市民への信頼につながるという基本を公文書管理から学ぶことは多い。今回の事業の不祥事に端を発した公文書管理の強化策は、政府の公文書管理の取組みを参考にして改善を進めた。そして担当課職員と任用された監理官がタッグを組み、各所属と話し合いながらひたむきに指導・助言を進めてきた。公文書管理の改善に終わりはなく、繰り返しの職員研修は欠かせない。
また、このように自治体に職員OBを起用した専門職の配置がなければ、監理官制度ができないことも明らかだ。自治体版の公文書監理官制度が「相模原市モデル」として普及することを期待している。そして本村賢太郎市長の力強いリーダーシップの下、一層規律ある職員の行政活動が未来に向けた新たな自治体運営を構築し、将来にわたり市民が笑顔で暮らせるまちづくりにつながることを念じている。
専門職と言えば、認証アーキビスト制度が生まれて今年で3年目を迎える。現用・非現用文書を対象に保存すべき公文書の評価・選別の他、文書作成の段階から関われるアーキビストの活躍できる場が自治体に存在する。今後は職員をアーキビストとして育成することも必要になるだろう。
余談であるが、筆者が訪問したある自治体で条例の導入について質問をすると「職員が作成した文書規程でこれまで対応して問題はない」の一言で会話は前には進まない。言い方を換えれば「なぜ文書規程ではいけないのですか」となる。公文書管理の理念を改めて認識し、公文書が住民のものであるなら必然的に文書管理規則あるいは規程から条例化への検討もすべきだと説くが簡単には理解してくれない。情報公開は全国自治体でほとんど条例化されているのにもかかわらず。さらに文書管理システム導入時は公文書管理を見直す絶好の時期だと話しても、パソコンにアプリをインストールするだけのような反応には驚かされる。
公文書管理法が施行されてから10年、相模原市の今回の取組みを考えると3、4年のローテションの職員で点検やルールの見直しもせずに公文書管理を運営する時代は終わったと言えないだろうか。また同法に準拠した自治体の公文書管理は「努力義務」となっているが、10年以上経過しても見直しなどが手付かずの自治体も少なくない。
結局、疑惑の事案に対して相模原市は2022年10月、元所長に約4037万円の損害賠償を求めて横浜地裁相模原支部に提訴した※11。元所長は2年間に土地評価を一部の地権者が有利になるよう不正に引き上げるなどの不正行為によって都市評価の見直しを余儀なくされ、それにかかる無駄な経費の相当額を請求された。検証すべき公文書が不在なだけでなく、土地評価の不正にまで関わった元所長の代償はあまりにも大きかった。逆に疑惑の事業を中断し、立ち止まって熟考して得たものは規律ある職員づくりの再構築につながったことである。
※11 『読売新聞』2022年10月22日付


